Casa de NOVA in Minnesota

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Ethiopian Baptism 2

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さて、いよいよエチオピアの伝統的な洗礼式のセレモニーが始まる。
この日の主役はお隣に住むエチオピア一家の末娘ウッジー、12歳。
笑顔の可愛いとても利発な女の子だ。
この近くに住んでいるエチオピアから移住してきた親族をはじめ、アイオワからやってきた親族、家族の友人たちがウッジーの洗礼式に参列していた。
洗礼を受ける前のウッジーと彼女の父、メンギスト。

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湖の畔にある大きな木の下に参列者は全員集まって、牧師の説教を聴く。
英語ではなくエチオピアの言葉。
それもエチオピアには80以上の地域ごとの言葉があり、それらは全部異なっているという。
どうやらかつての部族ごとの言葉がオリジナルになっているようだ。
当然、私にはわからないが、ウッジーは真剣な眼差しで一心に聴いていた。

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この日、ウッジーと共に彼女と同年代の男の子が洗礼を受けた。
牧師の傍らに立つ二人はかなり緊張した面持ちだ。
それでもカメラを向けると、静かな微笑を返してくれたウッジー。
とても12歳とは思えない落ち着いた雰囲気を持っている。
いよいよ洗礼が行われるという直前、彼女の緊張感はピークに達している模様。

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牧師と共に二人は湖に向かう。
参列者は岸辺から洗礼式を眺めることになる。
このときビーチで遊んでいた子どもたちも、そっとその場を離れていた。
神聖な儀式の重要さがその場の雰囲気で伝わってきたのだろう。

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岸辺から10mくらい行ったところで、いよいよ洗礼式のクライマックス。
エチオピア正教会の牧師によって洗礼者は湖の中に沈められる。
元来は3度、浸水するそうだが、今は1度だけ。
最近では頭を水で濡らすだけという洗礼式が多いそうで、このような伝統的な洗礼式を行うことは多くはないという。
美しい湖や川があってこそできることなのかもしれない。

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無事に洗礼を終えたウッジーが岸辺に戻ってきた。
さすがに真っ白な選礼着の下には水着を身につけるところなどは12歳の女の子。
大仕事を終えてホッとしているのは、ウッジーよりも牧師の方かもしれない。

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岸辺に着いて父親のメンギストに迎えられた直後のウッジー。
心なしか洗礼式の前と後では顔つきさえも違っているような気がする。
それでも父親に声をかけられ、タオルを体にかけると表情が緩んできた。
何よりも父親のメンギストが一番嬉しそうだ。

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さあ、この後は参列者にエチオピアの伝統料理が振舞われる。
この日は二人の若者の洗礼式だったので、料理も二家族分。
湖のほとりでピクニック気分を満喫。
右のパンはエチオピアのパンケーキ、インジェラの酵母を使ったパンで、少し酸味があるがとても美味しい。

c0062603_1243230.jpgこのミネソタにはアフリカからの移住者が多く、特にエチオピアからの移民は多く、いくつかのコミュニティもある。
もちろんそれに比べれば在住日本人はほんの微々たるものだろうし、コミュニティが形成されることはない。
以前暮らしていたLAでさえ、てんでバラバラに住まいを構える日本人はコミュニティを醸成する気持ちすらあまりないのだろうと感じた。
コミュニティがあって、こうした伝統的な行事や儀式も、たとえ異国の地であっても受け継がれていくのだろう。

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by lanova | 2011-09-24 23:20 | Event | Trackback | Comments(6)

10th Annual May Day in Merigold

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日本のゴールデンウィークにあたる5月の連休がアメリカにもある。
Memorial Day(戦没者追悼記念日)を中心に多くの人が3~5日の連休になる。
このときにわが町で行われたのが"10th Annual May Day in Merigold"。
何しろ人口600人、世帯数250のこの町あげてのビッグイベントだ。
パレードあり、無料の料理サービスあり、コンサートあり、運動会ありの超豪華版だ。
私たちにとっては初のイベント、出かけないわけにはいかない。
まずはパレードでイベントの幕は落とされた。
最初にオープンカーで登場するのは今年のプリンスとプリンセス。
はにかみ気味のプリンセスと「なんでこんなことしなくちゃいけないんだよぉ~」顔のプリンスが対照的。

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その後をこの町の「とっておき」の車が何台か連なり、
毎日子どもたちが学校から帰ってくる頃になると家々の前の回るアイスクリーム屋の車が続く。
子どもたちにとってはクラシックカーや高級車よりももっと魅力的な車だ。

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そして何と言っても人気のトップは「はたらく車」。
中でも消防車はダントツ人気だ。
ここで暮らして1年、この「はたらく車」が働いているところは一度も見ていない。
それはきっといいことなのだろう。

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無料の料理はバーベキューリブにコールスローサラダ、コーンブレッド、ロールパン、ケーキ、
そしてこのときが最も旬のクロウフィッシュ(ザリガニ)。
食い意地は写真撮影の機会をすっかり奪ってしまい、気づいたときは料理は胃袋におさまっていた。
飲み物もすべて無料だが、ただしアルコールはなし。
この日の料理はすべてこの町の人たちの手作り料理で、
段取りをとっていたのが右の写真のオレンジのポロシャツのEdna。
この町の役場の職員で、とても気さくな彼女とは同年代で、役所にいくたびに話し込んでしまう。

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このほかにも屋外陶芸教室やミニ運動会で子どもたちの黄色い歓声が上がっていた。
この町の住民の60%はアフリカンアメリカン。
この日のイベントに参加していたのも多くはアフリカンアメリカンの人たちだった。
カメラを向けるとだれもとびっきりの笑顔を見せてくれた。

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圧巻はイベントもそろそろ後半という頃から始まったゴスペルコンサート。
プロではないがあちらこちらで喉をならした人たちが美しい歌声を聞かせてくれた。
小さな町の大きなイベント。
そういえば、子どもの頃、町内会で花見や海水浴に出かけたことを思い出した。
この町に住む子どもたちも大人になってこの町を離れたとき、
必死になって引っ張った綱引きを思い出すだろうか…

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by lanova | 2010-12-11 21:00 | Event | Trackback | Comments(2)

May 19/Blue Expanse

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ここにコイノボリを揚げたら、さぞかし気持ち良さそうに泳ぐのだろうなあ。
既に我が家の男の子たちは成人し、コイノボリを揚げることもないのだが、
晴れ渡った五月の空を見上げてそんなことを思った。
5月5日の子どもの日はとうに過ぎ、
多くの家庭ではコイノボリは来年の出番までしばらくはお休みだろう。
しかし、ふるさと松江では、端午の節句は月遅れの6月5日に祝う。
きっと今頃はあちらこちらの大屋根の上でコイノボリが悠々と泳いでいるのではないだろうか。
この端午の節句にはちまきを食べる。
ちまきも地方によって作り方がそれぞれ異なるが、松江の方で大きな笹の葉を何枚も重ねて
団子の粉で作ったちまき団子を包む。
そして包んだ状態で蒸し上げて軒下などに吊るして出来上がる。
笹で巻くから「笹巻き」とも言う。
子どもの頃から両親と祖母がこの笹巻きをドッサリと作ってくれた。
笹の葉が大きくなる頃に父と母は笹の葉取りに山の中へ出かけていった。
ちまきが出来上がるのが待ちきれなかった幼い日。
やがて子どもたちのために、両親と一緒に笹巻きを作り始めた。
ところがこの笹を何枚か重ねて団子を包み、
イグサでクルリと結ぶのがなかなか思うようにできない。
父や母が3つ作る間にやっと1つできるかできないかだ…
子どもたちも大きくなった今、両親ももう笹巻きは作っていない。
こうして親の代から子の代へと受け継がれていくふるさとの味。
本当なら今は私が中心となって息子や孫たちに作ってやるものなのに…
笹の葉も手に入らないここで、ふと大切なものを受け継いでいくことのできないもどかしさと、
申し訳なさを思った。

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by lanova | 2008-05-19 20:00 | Logbook | Trackback | Comments(22)

Feb. 16/Green Love

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今さらバレンタインの話なんぞは、時既に遅しの感は否めないのだけれども、
それで今年もバレンタインが訪れたことに間違いはなかったし、
我が家にとっては、家を建てた際に受ける公式の検査がパスした特別の日でもあった。
この日夫が買ってきてくれたのが、このM&Mの緑色のチョコレート。
Green Loveというそうだ。
M&Mが今年はバレンタインカラーの赤を緑にチェンジするという話を聞いたのは、
1ヶ月ほど前のことだった。
それを夫に話したところ、
「えっ、M&Mはまたやるのかい?随分前にもグリーン戦略をとってたなあ」と言う。
へえ、そうだったのかと、ちょいと調べてみたらこんなのが見つかった。
どうも緑色にはさまざまな伝説や言い伝えがあるそうで、
70年代から特別なパワーを持つ色と言われてきたとか…
まあ、それも仕掛けたのはM&Mなんじゃないかなという気はするのだが…
確かに色はそれぞれに異なった意味を持つ。
その昔、文通が流行ったことがある。
そのときに「文通のルール」というようなものがあり、そこには色に関することも含まれていた。たとえば赤色の文字は絶交を意味するとか、
緑色はより親しくなりたいときに用いるというように。
そう思うと、バレンタインに緑色も悪くはないかなと思ったりもした。
ちなみに「ねこだよ」のNekoMamaさんによると緑は「発情」の色でもあるそうだ。
そしてバレンタインから2日後の今日、いつものようにスーパーへと買い物に出かけた。
そこで見たのは店頭に山積みになったバレンタイン用のチョコレート。
すべて50%オフである。
そしてその横には、早くも次のイベント商戦の品物が並んでいる。
次のイベント、それは聖パトリックス・ディ。
これが緑色をシンボルとするアイリッシュの祝日。
当日には緑色のものを必ず身に着け、緑色のクッキーやキャンディーが登場する。
これを見た瞬間に、「なるほど、M&Mって意外にちゃっかりしてるのね」と思ったのは、
あまりにも穿ち過ぎだろうか。

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by lanova | 2008-02-16 23:08 | Logbook | Trackback | Comments(22)

Jan. 7/Coming-of-Age Day

まだ世の中をよく知らない十代の頃には、
50歳まで生きられれば十分だなんて、不遜なことを思っていた。
「50年」という長さは100年の半分で、それはかなり長い時間のことのように思えたものだった。
しかし、そんな思いもいっときのセンチメンタルに過ぎず、
いつの間にかそんなことを考えていたことさえも忘れていた。
やがて2人の息子の母親になったときに、再び「50歳説」が私の中で浮上した。
次男を出産したのが30歳のとき。
彼が3歳のときに息子たちの父親と離婚し、両親のサポートを得ながらの子育てが始まった。
そのときに、いつも自分に言い聞かせていたのである。
「50歳まで、50歳までは何とか頑張るんだぞ!」と。
30歳で出産した次男が20歳になると、私は50歳だからである。
無事に次男を育て上げたら、私の役目も無事に終了するだろう、
50歳で人生の終焉を迎えるというのも悪くはないじゃないかと、
ここでもまた随分不遜なことを思っていたのである。
ところが実際に息子たちの子育ては、実に手抜きであったし、
わき目も振らず子育てどころか仕事に没頭する日々が続き、
両親に負うところが多かったのである。
とても十分に役目を果たしているとは、両親や息子たちさえも思わなかっただろう。
それなのに次男が20歳になり、その数ヵ月後に50歳を迎えると、
「よし、これからが私の人生だぞ!」などと張り切ってみたりもする。
「50歳説」などどこ吹く風である。
今日、日本では各地で成人式が行われている。
この日のために年末に次男は帰国した。
今頃、日本での同級生たちと式典に臨んでいるのだろう。
胸を張って、日本人として成人した喜びと責任の重さをしっかり受け止めてほしい。
やっと肩の荷を降ろした安堵感と、もう肩に負ぶさってはくれないだろう寂しさを思いつつ、
海の彼方から祝福を贈ろう。
Congratulations!

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by lanova | 2007-01-07 19:26 | Logbook | Trackback(1) | Comments(42)

Dec. 26/Christmas Dinner & Gifts

イブの夜からクリスマスの夜にかけて、突然、インターネットがつながらなくなった。
一瞬、昨年の悪夢がよみがえってきた。
チェックアップに出したコンピュータが、実はボロボロの状態になっていて、
戻って来るまでに2ヶ月近くがかかったことを…
しかし、今回はPC本体ではなく、どうもルーターの調子が悪かったようで、
あれやこれやとサイトを調べたり、取扱説明書をすみからすみまで読んだり、
メーカーサイトのヘルプをたどったりして、何とか自力で修復にこぎつけた。
という長い前置きは、クリスマスのエントリーが遅れた言い訳なわけだが、
今年はReunion Partyはなかったものの、
家族三人で恒例のクリスマスディナーを楽しんだ。
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やっと風邪が抜けた夫は、今年もBBQグリルでグリーズド・スモーク・ハムを焼き、
ハムが焼ける間に、マッシュポテトとグレービーソース、サラダをこしらえてくれた。
その間、私はただ指をくわえて待っていたわけではない。
今年もパンプキンパイを用意していたが、クリスマスディナーの後は、
もう少しあっさり系のデザートがいいだろうと、ミルクレープを作ったのである。
アップルフィリングの裏ごしとカスタードクリームをミックスしたものを
何層にも重ねたクレープの間にはさんだけといういたってシンプルなデザートだが、
案外これが、食後の満腹状態でもいくらでも入った。c0062603_1552975.jpgc0062603_1555081.jpg
c0062603_1562787.jpgそして用意してあったパンプキンパイは、
夫が職場のみんなで食べると、
本日、オフィスに持って行った。


クリスマスギフトはないはず…
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by lanova | 2006-12-26 22:37 | Logbook | Trackback | Comments(28)

Dec. 13/Dad's Birthday

日本時間では12月14日である。
12月14日と言えば、「雪をかきわけ、さく、さく、さくさくさくさく、先生!おおっ蕎麦屋か!」
三波春夫の「俵星玄蕃」でおなじみの赤穂浪士の討ち入りが行われた日である。
厳密には12月15日の午前4時頃だったらしいが、
当時は夜が明けないうちは前日の日付のままだったとか…
「雪をかきわけ…」というくらいだから、12月の半ばはもう積雪があったのだろう。
私が子供時分にも12月は結構雪が降っていたし、
ホワイトクリスマスもたびたび経験している。
しかし、地球温暖化の影響か、最近は12月に雪を見ることは滅法少なくなった。
今から75年前はどうだったのだろうか?
戦前のことである。
今のように何もかもが満たされていた時代ではなかったことと思う。
75年前の12月14日、父が生まれた日。
誕生日のお祝い電話を入れるも、
グランドゴルフの仲間と「誕生日祝賀カラオケ」に出かけたとのこと。
まだまだ、遊ぶことも忘れちゃいない元気いっぱいの父の様子が嬉しかった。
実は、これまで誕生日というと、あれこれプレゼント選びに頭を悩ましていた。
ここには気の利いたプレゼントにふさわしいものが意外とない。
やっと見つけても、送料も思いのほか高額である。
ところが、先日ネットサーフィンをしていて、はたと気づいた。
「な~んだ、ネットで日本のショップに注文すればいいじゃない!」
これまで散々ネットを使っていて、なぜこんな初歩的なことに気づかなかったんだろう。
そこで日本酒の大好きな父に、地元の地酒をプレゼント。
もちろん、地元のものだから簡単に手に入るものではあるけれど、
アメリカからプレゼントってのが、ちょいとサプライズになるかも…
カラオケから帰った父が喜んでくれるといいのだけれど。
いついつまでも元気でいてほしい。
今度帰国したら、そのときは一緒にカラオケ歌おう、お父さん!
お誕生日おめでとうございます。

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by lanova | 2006-12-13 22:10 | Logbook | Trackback | Comments(32)

Nov. 23/Thanksgiving Day

今年もやってきた感謝祭、Thanksgiving Day。
クリスチャンではない私にとっては、
「ターキーを料理し食べる日」の意味合いが濃厚なわけで、
今年も朝起きて選択を済ませると、早速ターキー料理に取り掛かった。
今回は幸い、10パウンド(約4.5kg)のターキーが手に入り、
昨年のような「今日も明日もあさっても、朝も昼も夜もターキー」
という目に遭わずにはすみそうだが、それでも3人分には余りある大きさである。
今年はこの日の予定がぎりぎりまで立たなかったこともあり、
ターキーの中に入れるスタッフィングは、
あらかじめ調味料などがミックスされているものを利用。
この横着さがしっかり味に響き、明らかに去年の方がおいしかった。
夫は今年もマッシュポテトとグレービーソースを担当。
それに加えてグリーンビーンキャセロールも。
私はターキーで手抜きをした分、アップルパイを焼いた。
朝から取り掛かり、出来上がったのは午後4時。
たらふく食べて、今年の感謝祭もつつがなく終わろうとしている。
「これは日本のおせち料理のようなものだから」と言われれば、
やはり作らないわけにはいかないと思ってしまうのだが、
日本のおせち料理が、正月三が日は家庭の主婦もゆっくりできるようにということから
考えられている料理であるのに対し、
このターキー料理は、「スタッフィングもグレービーも腐りやすいので、
2日以上は冷蔵庫に入れてあっても食べないように」と、
テレビのニュースでも繰り返し流れるほど、主婦泣かせの料理ではある。

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by lanova | 2006-11-23 22:15 | Logbook | Trackback | Comments(20)

Wedding Ceremony at Rancho Palos Verdes

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9月半ばの土曜日、
こういうことがなければまずは足を踏み入れることがないであろう、
高級住宅地Rancho Palos Verdes(ランチョ・パロス・バーデス)に出かけた。
ここには主に大金持ちのアジア人が多く住んでいるという。
矢沢栄吉や渡辺謙の豪邸もあるらしいとのことだが、
お呼ばれにあずかったことはないので、真偽のほどは定かではない。
太平洋を見下ろす高台に建つ家々は、軽く5億円、6億円を越すのだという。


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さて、こういうこととは、息子の友人の結婚式に参列したからである。
ガラス張りのチャペルで若い二人の結婚式は執り行われた。
花婿である息子の友人はアメリカ生まれの日系2世であるが、
花嫁はれっきとした日本人。
この日の結婚式のために、日本から彼女のご両親とおじいさまが訪米。
神父を前に誓いの言葉が、新郎は英語、新婦は日本語というのが、
実にほほえましくて、わかりやすかった。
一人娘を遠い海の向こうにお嫁にやってしまうご両親の思いに、思わず胸が熱くなる。


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無事に結婚式を終え、今度は会場を移して披露宴。
会場のホテルのシェフは日本人だということで、これこそまさに真の和洋折衷である。
これまでアメリカでの結婚式に参列したことはあるが、
今回はまるで日本にいるかのような結婚披露宴であった。
当然、新郎の友人はアメリカ人なわけで、
この日本式結婚披露宴には随分とまどったことだろう。
それでも、やはり彼らの選択は正しかったと思う。
結婚式、披露宴は、花嫁とその両親のためにあるものだと、この日も改めて思った。
日本式に思い出のシーンをスナップ写真が綴り、
最後には両親への手紙と花束贈呈でクライマックスへ。


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アメリカでは、通常この結婚式に関する費用は
すべて新婦側が負担するのだそうだ。
そして新郎サイドは新居にかかる費用を全額負担するのだという。
今も、基本的にはこのスタイルがとられているようだが、
どうも日本のように全額親が負担するということは、そう多くはないようだ。
そのため式の後のパーティを家でやる場合も珍しくない。
その場合、もちろん式次第などというものはなくて、
飲んでおしゃべりしてダンスを踊ってというものである。
結婚を家と家の結びつきと考える日本と、人と人との結びつきと考えるアメリカ、
それぞれの文化がここにある。

"Here And Now" Luther Vandross


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by lanova | 2006-10-12 23:50 | Trip | Trackback | Comments(12)

Jul. 4/Independence Day

今から230年前の1776年7月4日に、イギリスから独立してアメリカ合衆国が誕生した。
それを記念して国全体が祝杯を挙げる日が今日の独立記念日。
「Independence Day」とも「July 4th」とも「4th of July」ともいう。
移民で成り立つこの超大国も、この日だけは人種や国籍に関係なく、
こぞって「独立した記念すべき日」を祝う。
まだ230年しか経っていないのである。
2000年以上の歴史を持つ日本に比べれば、何と若い国だろう。
そのわずか200年余りのうちに、世界のトップに躍り出たアメリカ合衆国。
若さゆえの有り余るエネルギーがこの国には内包されているのだろうか。
というような小難しいことを考えるIndependence Dayでもあれば、
隣近所や仲間と陽気に祝う日でもある。
今日は、アパートの住人たちとプールサイドで
Indenpendence Day Partyを楽しんだ。c0062603_15594889.jpgc0062603_160320.jpgc0062603_1602116.jpg

大人たちはプールサイドでビールやマルガリータやベイリーズなどなど、
それぞれ好みのドリンクとBBQで話に花を咲かせ、
子どもたちはプールで嬌声を上げて、
太陽が西に傾き、あたりが暗くなるまでの時間をたっぷり楽しんだ。
今日のプールにはバービーカップルまで登場。
水着を着ていないのは、自由の国アメリカだから…ではなく、水着がなかったようだ。
本日の私のポトラックはレモンチーズケーキ。
今日は綿密に時間も計って焼いたので、どうにか見てくれは合格。
ラズベリーソースも作り、格好だけは一人前のデザートが出来上がった。c0062603_1611598.jpgc0062603_1613034.jpg
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そして夜ともなればあちらこちらから花火の音が聞こえてくる。
日本の夏の風物詩としては欠かせない花火は、
この時期、毎日と言ってもいいほど、日本国内のどこかで花火大会が開かれている。
ところが、ここアメリカでは花火ができるのはこの7月4日の独立記念日だけなのだ。
もちろんイベントなどで、特別の許可をもらった花火は別だが、
家庭用の花火はこの日にしかできない。
毎年1ヶ月くらい前から、モールの駐車場などで仮設の花火ショップが姿を現し、
ここで人々は違法ではない「安全花火」を買うのである。
この買い方も地域によっていろいろあるようだが、
このあたりではカウンター越しにフェンスがあり、
その奥にある花火を選んで買うというしくみである。
自分で手にとって選ぶことはできないのである。
それだけにこの日は、子どもたちにとっては待ちに待った年に1度の花火ができる日なのだ。
夜空に向かって、シュッシュッと音を立てる花火があたりを明るくしたそのとき、
アメリカ国歌を歌う声も聞こえてきた。
住宅街で上げる花火は、やはり家庭用の域を出ないが、
公園などでは本格的な打ち上げ花火が上げられ、
遠くに音とともにその夜空を彩る花火を見ることもできた。
まだ移住して4年数ヶ月しか経っていないけれども、
「国」を考えるいくつかのきっかけの一つになっている。
アメリカという国、そして日本という国を…
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by lanova | 2006-07-04 23:59 | Logbook | Trackback | Comments(44)