Casa de NOVA in Minnesota

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Korean BBQ

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c0062603_8552512.jpg最近の我が家のお気に入りレストランは日本食でもなければイタリアンでもなく、ここコリアンレストランのHoban
アメリカは食費が安いと思われているけれども、外食は意外と高い。
外で食事をするのは、圧倒的に日本の方が安いし、美味しい。
特に15~20%のチップを上乗せすると、「ちょっと外めし」が「特別な日のお外ごはん」になってしまう。
それでもたまには外食もしたい我が家では、飽くなき美味しくて安くて満足できるレストラン探しを続けている。
そんな我が家の捜査網にひっかかったのが、このレストラン。
元々焼肉(Korean BBQ)は大好きな料理で、LA時代は私の誕生日といえば、焼肉だった。
でもミシシッピに引っ越してからはコリアンレストランにめぐり合うこともなく、しばらく遠ざかっていたのだが、このミネソタで発見。
最初は「どうだろうか」という疑心暗鬼な部分もないわけではなかったけれど、注文した料理が運ばれてきて、思わず五重花丸を進呈したくなったほど。
夕飯時はほとんどのテーブルが満席になる。
先週もSFからやってきたJamesとミネアポリスに住むWillと一緒にここで、それは美味しい美味しいKorean BBQに舌鼓を打ったのだが、満腹になったおなかをさすりながら外へ出てみると、テーブルを待つ長蛇の列ができていた。
「月に1回は、ここで食事をしたいもんだ」は、当然、肉食を自負する夫の弁である。

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by lanova | 2013-09-14 19:00 | Logbook | Trackback | Comments(2)

Sometimes, sweets cooking

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日ごろは仕事にかまけて、簡単クッキングに終始しているけど、時々、思い立ったようにお菓子作りがしたくなる。
はるか昔、「専業主婦」という肩書きを持っていた頃は、桜餅だの柏餅だの、季節のお菓子は、菓子問屋から桜の葉の塩漬けなどを仕入れて手作りでこしらえていた。
それも「美味しい!美味しい!」と食べてくれる子どもたちや、ご近所さんがあったからのことだが…
アメリカで暮らし始めてからは、もちろん和菓子の材料などは手軽に手に入るわけではなく、「お菓子作って!」とねだるような幼子もおらず、「手作りのお菓子」は日々遠ざかっていった。
それでもアメリカにはアメリカの季節の慣わしがあり、その慣わしにふさわしいお菓子がある。
写真はイースターのときにつくったひよこのクッキー。
どこがひよこかと問われれば、「ま、そこんとこは雰囲気で…」と逃げるしかないのだが…
「母さん、美味しいよ!」と喜んでくれる子どもたちはいないけれど、「うまいじゃん!」と食べてくれる夫がいるのはつくづくありがたいことだと、不恰好なクッキーのように微笑んでみたりもして…

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by lanova | 2013-09-09 13:00 | Cooking | Trackback | Comments(0)

Anymore...

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毎日のようにプールに通い、父や近所の友人と毎日数キロを歩き、元気にあちこちへと出かけていた母が体調を崩し始めたのは2011年の秋ごろのことだった。
それから目に見えて母の調子は悪くなり、手足が思うように動かせなくなっていった。
それでも父と二人三脚で何とか日常生活は送っていたようで、「帰ろうか?」と言っても「大丈夫、大丈夫!」と気丈な母は言っていた。

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そんな母から「やっぱり帰ってほしい」とすがりつくような電話がかかってきたのは、2012年9月のことだった。
しばらくは母の介護をしながら過ごそうと帰国したものの、母の弱り方は想像以上だった。
それでも動かないのは体だけで、母娘の軽口は以前と変わらないままだった。
そんな母の口数が少なくなり、些細なことでも癇癪を起こし始めたのは、帰国して3カ月になろうとする頃だった。
要介護度も上がり、家庭での介護が難しくなった母は病院、施設、そしてまた病院と居住の場を移さなければならなくなった。
老いた父による老々介護には限界がある。
そのときの私にはアメリカを長期に離れて、母の傍で介護をするという覚悟も思い切りもできないでいた。
だからこそ、24時間、看護の目や手がある病院はある意味でも安心できる場だった。
だけど、それは決して母の望む場所ではなかったのだろう。
いつもいつも母は「家に帰りたい」と言っていた。

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「家に帰りたい、帰りたい」と言いながら、母は呼吸不全を起こし、4月24日、息を引き取った。
最後まで母の願いを聞き遂げられなかった親不幸な娘は、明日、57歳の誕生日を迎える。
「誕生日だね、おめでとう」毎年、受話器の向こうから聞こえた母の言葉が、今年はない。
来年も、また、その次の年も…

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by lanova | 2013-09-06 16:00 | Logbook | Trackback | Comments(2)