Casa de NOVA in Minnesota

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Status Report of Our House

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ミシシッピの家は玄関のドアが収まり、ファイアープレイス(暖炉)も出来上がった。
冬場の寒い中での作業で、早速この暖炉は作業をする人たちの役に立ったようだ。
さて、夫の転勤が決定し、今週は日程の連絡があった。
3月12日よりメンフィスのオフィスでの勤務がスタートする。
こちらでの仕事は7日まで。
翌日に夫は身の回りの荷物と、オートバイをピックアップトラックに載せ、
トレーラーに乗せたボートを引っ張って、陸路ミシシッピへと向かう。
その距離1,850マイル、約3,000kmの旅である。
はっきり言って全く想像がつかない。
このLAから空路で成田までの距離のほぼ3分の1。
日本の南北の距離が約2,500kmだからそれ以上なのである。
しかし、私はまだしばらくこのLAに残留。
というのも家が完全に仕上がっていないため、完了を待ち、
検査が終わってからの引越しになるからだ。

現在の家の建築状況はどうかというと…
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by lanova | 2007-02-23 22:46 | House | Trackback | Comments(48)

Feb. 19/Time and tide stay for no man

2005年2月19日に最初のエントリーをしてから早くも2年の歳月が流れた。
わずか3行だけの最初の記事だけど、これが私のアメリカの原点。
やはり決して順風満帆ではなく、時には嵐の海で針路を失いそうになったこともあった。
それでも嵐も過ぎ去れば、穏やかな波頭きらめく中に、航海を続けられる喜びを見出しもした。
特にこのブログを始めてからの2年間は、激動の時でもあった。
ミシシッピへの移住を決意し、広大な敷地に家を建て始めた。
その過程をすべてこのブログに記しているわけではない。
むしろ記していないことの方が多く、当然そこにはトラブルが潜み、ストレスを抱えもした。
それでも夫の転勤も決定し、来月中旬には夫のみ単身赴任をする。
アメリカでの第1歩が2002年3月19日だった。
それから丸5年間LAで生活をしてきたが、そろそろLA暮らしの最終章に入ったようだ。
これから少しの間、最終章を存分に楽しみ、ここにそれを記していきたいと思う。
2年前に比べて、本当に多くの方々に訪れていただくようになった。
ほんのささいなつぶやきに過ぎないけど、共感してもらったり、意見をいただいだり、
時には励まされ、慰められ、ともに喜び、ともに哀しんだり、悔しがったり…
住んでいる場所や生きている環境は異なっても、
同じ空気を感じさせてもらえたことに、心から感謝している。
もうしばらく、Starting Overに付き合っていただければ嬉しい。
I'll be counting on you.

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by lanova | 2007-02-19 22:22 | Logbook | Trackback | Comments(32)

Feb. 15/Door to Independence

2007年に入ってからの我が家での大きな動きといえば、
夫のMemphisへの転勤が決定したこと。
とはいえ、いつからの勤務になるのかは、連絡待ちといったところである。
そして「もう一つの大きな動きがある」と、この日のエントリーに書いた。
今となっては「動きがあった」と過去形にすべきかもしれない。
息子が家を出たのである。
といっても壮絶なる親子喧嘩の果ての家出ではなく、自立への第一歩を踏み出したというところだ。
夫と私がミシシッピへ移動するに当たって、息子も一緒に行くかどうかの選択権は彼に与えたが、
斟酌する余地もなく、「と~んでもない!」の一言で却下。
現在、消防士を目指してカレッジに通う息子は、このLAを離れる気は毛頭もない。
アメリカでも2大都市の一つであるLAから、
アメリカで最も田舎だともいわれるミシシッピへ行こうとは思わないのが普通だろう。
私が彼の年頃だったら、おそらく同様の選択をしたに違いない。
しかし、夫と私が引っ越した後、このアパートに息子が一人で住むには広過ぎるし、
何と言っても家賃が高過ぎる。
そこでこのアパートでのルームメートを探すか、それとも彼がどこか他のところを探すかと、
昨年の秋頃からボチボチその準備をしていた。
ところが年末から1ヶ月ほど帰国していたために、この件はペンディング状態だったのである。
そして1月末に日本から戻った息子は、再び住まい探しを始め、
あっという間に新しい住処を見つけてきた。
一人暮らしの日本人男性が家主の1軒屋の離れを借りることになったのである。
日本から帰ってきてトランクを開けて片付けた荷物を、
再び1週間かそこらでトランクに詰め直し、意気揚々と家を後にしたのであった。
とは言ってもここから車で10分ほどのところに移っただけで、
ほとんど毎日のように顔を見せてはいるのだが…
アメリカでは高校を卒業すると同時に親元を離れて自立する子が多い。
そしてそれ以降は親元に戻って生活することはない。
日本でも進学や就職で親元を離れる子どもは多いだろうが、
経済的には親の支援を受けての場合がほとんどだろう。
ところがこちらでは家を出て自立するというのは、名実ともに自立することなのである。
多くの学生が学校に通いながらいくつかのアルバイトをして生計を立てている。
しかし、それでは生活していけない学生も多く、
学生ローンを借りる学生が多いのも、アメリカの特徴である。
一人当たりの学生ローンの平均額は200万円くらいだとも聞いたことがある。
息子もバイトをしながら学生生活を送っているが、
甘い母は多少はサポートしてやらなければなどと思うのである。
そして毎日のように顔を見せる息子に、買い置きの食料品や日用品を袋に詰めて渡している。
こういいうことができるのももうあとわずかだろう。
彼の使っていた部屋には、まだ多くの荷物が置かれたままである。
きれいさっぱりと跡形もなくなってしまうのは、もう少し先でいい…
そう思っているのは私だけではないのかもしれない。

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by lanova | 2007-02-15 23:19 | Logbook | Trackback | Comments(44)

孤独のチカラ/齋藤孝

c0062603_16564453.jpg昨年のことになるが、気持ちの上でちょっとコンディションが悪かったことがある。
そんな私の状態を知って、「おはようfromオハイオ」のsusieさんが、自分の本棚から1冊抜き出して送ってくれたのが、この齋藤孝著の「孤独のチカラ」。
susieさんの本棚はまるで魔法の本棚のようで、そのときの私の状況に応じた本がちゃんと棚に収まっているようで、たびたび彼女にピックアップされた本が海を渡って届けられる。
これは「声に出して読みたい日本語」が、大ベストセラーになった著者の孤独と向き合った若き日のことを綴った一冊。
エッセイのようでもあるが、どちらかといえば孤独と折り合いのつけられないでいる若い人たちに向けたHow to 本とも言えるような気がする。
私は、一人でいるのは、さほど嫌いではない。
自分なりの段取りで自分なりの時間を過ごせるのは、悪くないと思う。
むしろそういう「一人時間」は大切にしたい。
ところが他者といるときに限って、そこで孤独を感じてしまうことがたびたびある。
決して人付き合いは悪い方ではないと思うのだが、同じ場にいて同じ空気を吸っていながら、そこに同化していない自分を感じることがある。
これは無意識なのか、あえて拒絶しようとしているのか、自分でもつかめないのだが…
だからなのか、この著作の中で齋藤孝が孤独の「ススメ」を説いていることは、とてもよく理解できたし、同意もした。
しかし、同意はしたが、賛同するというのとは、ちょっとニュアンスが異なる。
というのも著者がここで書いているのは「孤独=一人」という図式に則っているのだが、私の中では「孤独≠一人」という図式になっているからのようだ。
それでもたまには、こうして生きるスタンスについて、理論的に読んでみるのもいいものである。

孤独のチカラ/齋藤孝(PARCO出版)

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by lanova | 2007-02-13 00:30 | Book | Trackback | Comments(24)

Feb. 11/Letters from Iwo Jima

日本では何かと話題になっていた映画「硫黄島からの手紙」。
アカデミー賞4部門にノミネートされたこともあり、
それまでは特定館でしか上映されていなかったのが、
どこの劇場でも上映されるようになった。
またテレビやラジオでの告知も増えていた。
以前、夫に「見に行こう」と誘ったときには、「戦争映画はなあ…」と乗り気ではなかった。
ところがラジオでの告知がよほど彼の気を引いたのか、この週末に見に行くことになり、
本日の1回目の上映に出かけてきた。
会場には年配の人の姿が多く、日本人、日系人も多かった。
最近、とみに映画を見るときの視線が変わったと感じる。
どうしても「母親」の視点で見てしまう。
以前はストーリーの中心人物に気持ちがシフトしていたものだ。
今日も知らず知らずのうちに、戦場に息子を送り出す母親の気持ちで見ていて、
何度もハンカチを取り出してしまった。
あちこちの映画評でも言われているように、クリント・イーストウッドは、
実に上手い映画づくりをする人だと思った。
日本人よりよっぽど日本の心を知っていると言われている。
おそらく彼のブレーンには秀逸な人がいるのだろう。
また、この映画にはブログ仲間の「ちょっとシニアチック」のさむさんが、
硫黄島の住民で登場している。
映画の上映中、隣に座っている夫は何度もため息をついていた。
2時間あまりの映画を見終わってロビーに出てきた夫が最初に言った言葉は、
「もう戦争映画を見るのはこれで最後にしよう」だった。
「戦争を体験してきた者は、できれば自分の記憶から遠ざけたいから…」
海兵隊としてベトナムに赴いていた夫はそうつぶやいた。

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by lanova | 2007-02-11 22:07 | Logbook | Trackback | Comments(16)

Transfer to Memphis

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しばらく鳴りを潜めていたミシシッピ移住計画のその後だが、
ここに来て大きな進展があった。
もちろん家の建築状況も移住に関しては大きいが、
何はともあれ移住先での就業状況の確保が一番のポイントであった。
夫が勤務する企業の本社はメンフィスにあり、
夫は、現在の勤務先ロサンゼルスからメンフィスへの移動を希望していた。
とはいってもポジションがオープンにならないことには、転勤希望も出せないわけで、
昨年秋頃から、オープン状況を欠かさずチェックしていた。
そして今年になってからオープンポジションに申請していたのだが、
本日、採用との連絡がメンフィスのオフィスから入った。
これでホッと安堵したのは、私はもちろん夫自身だっただろう。
実際、家はできたわ、仕事はこちらだわでは、
アパート代と家のローン2軒分を支払い、
その家に住めないなんてことになるわけで、たまったものではない。
とはいえ、数時間前のほやほやの情報であり、詳細は今のところまだわからない。
これから両オフィスでのやり取りが始まって、具体的なことが決まっていくのだろう。
早くも荷造りのことやら、引越し準備やら、頭の中で算段が始まった。
我が家ではも一つ、大きな動きがあったが、それはまたの機会に…

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by lanova | 2007-02-06 00:17 | House | Trackback | Comments(54)

巨いなる企て(下)/堺屋太一

c0062603_14584371.jpg本の読み方は、人それぞれで異なった読み方があり、「なるほどなあ、こんな読み方もあるんだなあ」と思わされることもしばしばである。
同じジャンルの本に絞って読む。
同一作家の作品を読破する。
とにかく速読で、次から次へと読み進めていく。
同じ本を何度何度も丁寧に繰り返し読む。
私はといえば、これが実に浮気な読み方である。
常に3冊から4冊の本を併読している。
と言っても同時に読めるような特殊な技術を持っているわけではないので、TPOによって異なる本を読むというわけだ。
バッグの中には、いつでもどこでも読めるような文庫サイズの小型本があり、ベッドルームには心地よく眠りに誘ってくれる1冊があり、リビングには腰をすえて「耽読」できるような本が置いてある。
そしてテーブルの上には時間つぶしにパラパラする雑誌が何冊か…
こういう状態なので、同時進行といってもどうしても後回しになる本がある。
バッグの中に入れられたままで何日も開かれることがないままになっていることもしばしばで、そんな1冊がこの「巨いなる企て(下)」だった。
上巻を読み終えたのが昨年11月上旬のことだったので、それから約2ヵ月後に下巻をやっと読み終えたわけである。
豊臣政権から徳川政権に移行する時期の石田三成の政策を描いた長編だが、現代の企業に当てはめて描かれた史実は、歴史や時代物に疎い私のような読者には、かなり理解しやすい歴史ドラマであった。
次のような描写に、頷く企業戦士も多いのではないだろうか。

「これを今日の企業に譬えれば、こんなっ光景にとなるだろう。偉大な創業者社長が死亡したあと、跡取りの二代目若社長を無視して実力副社長がワンマン経営をやり出した。しかもその副社長は、別に有力関連企業のオーナーでもあり、独裁的な権限と豊富な財力にものを言わせて、工場長や支店長を盛んに手なずけている。副社長を牽制すべき立場にあった専務取締役は、スキャンダルを種に嚇し上げられて代表権を放棄し、有能な部長たちは次々と地方支店の窓際族に追われた。今では本社部長は総務部長ただ一人しかいない有り様だ。それをよいことに、副社長は本社ビルの数フロアを占領して自分の私的事務所を開設し、主要な経営業務はそこでやっている。にもかかわらず、身の安全と出世を求める部課長はこれに抵抗もせず、かえって喜々としてここに出入りしている、といった格好だ。」

いまや企業戦士といわれた団塊の世代の人たちが戦列から離れるときがやってきた。
これからの時代であれば、堺屋太一は、この戦国時代の史実をどんな風なドラマに仕立てるのだろうか。

巨いなる企て(下)/堺屋太一(文春文庫)

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by lanova | 2007-02-01 22:24 | Book | Trackback | Comments(22)