Casa de NOVA in Minnesota

lanova.exblog.jp

<   2006年 03月 ( 16 )   > この月の画像一覧

Mar. 31

昨日のことになる。
Hey!! My buddy!! What's up?のYoshiが
不要になった本をブックオフに持っていくというので、
「待った!」をかけ、それならばブックオフよりも有効利用をということで
図々しくも「私にください!」とお願いした。
心優しきYoshiは、何十箱という段ボール箱に詰められた本の中から
おそらく私が読んでいないだろうと思われる本を抜粋して、
我が家まで運んできてくれた。
何と段ボール箱2箱も頂戴してしまったのだ。
さすがに私のことを見通していたYoshiは選書は秀逸だった。
既読本はわずか1冊だけ。
しかも私が読みたいと思える本ばかりがぎっしり詰まっていたのだ。
その上、マンガに飢えていたところに「オレは鉄平」全30巻まで。
それだけではない。
立川談志の落語CD集も全40巻!
これはぜひともミシシッピに行ってからじっくり聴きたいなと思っている。
何だかこのワサワサしたLAでの暮らしの中で聴くにはもったいない気がする。
息子も交えてワイワイ話していたところに登場したのが、
Dice(ダイス)劇場のdice君。
デトロイトに住む彼が出張でLAにやってくるという連絡を受け、
ぜひ会いましょうということになった。
水曜に来て、金曜にはデトロイトに帰るという忙しい彼だったが、
私に会う時間を作ってくれるという。
本当なら彼の宿泊先まで出向いて行くべきだったのだろうが、
何しろフリーウェイの運転がまだまだ不安な私ゆえ、
忙しいdice君に仕事を終えてから我が家までご足労願った。
でも、おかげでYoshi、dice君、息子という
3ジェネレーションの男性陣に囲まれて、
楽しいひと時を過ごすことができた。
夜も9時半を回ってから「ラーメンを食べに行こう!」ということになり、
4人でリトル東京まで繰り出した。
LAは初めてだというdice君、ダウンタウンのリトル東京をちらりと見学。
日本町の日本のラーメン屋で日本語で会話し、
思わずここは日本?と錯覚していしまいそうだった。
たまたまタイミングよく、予期せぬオフ会になったこの日。
ブログでこうして新しいつながりができていくことは、
渡米前には想像もしていなかった。
Yoshi、dice君、お疲れ様でした。
そしてありがとうございました。
c0062603_176555.jpg

c0062603_1771869.jpg

c0062603_1773552.jpgc0062603_1775133.jpg
c0062603_178714.jpg

[PR]
by lanova | 2006-03-31 23:59 | Logbook | Trackback | Comments(28)

黒蝿(下)

c0062603_13501698.jpg上下巻とたっぷりの長編ではあったが、少々間延びした感じは否めなかった。
以前ほどの緊張感を味わえなかったのは、私自身がコーンウェルの作風に慣れてきたためか、それともこの作品自体の出来なのか…
いくつかのレビューを読んでみても同じような感想を抱いた読者は多かったようだ。
一つにはそれまでの一人称から三人称に変わったことが大きい。
どうしても主人公のスカーペッタ以外の視点が入ってくるため、スカーペッタへの感情移入も薄らいでくる。
長々と前哨戦が続いた後のあっけない終わり方というか、急に端折ったような終着点に気をそがれた感じがしないでもなかった。
これだけ多作だと、作家もちょっとお疲れ気味になるのかもしれない。

黒蝿(下)/パトリシア・コーンウェル(講談社文庫)
[PR]
by lanova | 2006-03-29 21:00 | Book | Trackback | Comments(10)

黒蝿(上)

c0062603_1455041.jpg昨日のエントリーはちょっと重かったので、気分転換に本の話題。
おなじみパトリシア・コーンウェルの検屍官シリーズ。
これは第12作になるそうだ。
この作品でこれまでとガラリと変わったところが一点。
これはかなり大きな変化だが、これまでは主人公のケイ・スカーペッタの第一人称によってストーリーが展開していた。
つまり「私」が話を進めていくのだから、常に「私」の視点で語られていたのだ。
それがこの作品から三人称の語り口になった。
当然、さまざまな視点が登場するわけで、そこには「私」が存在しなくてもいいわけだから、同時進行であちこちに場面が飛ぶ。
あれ、これって「警察シリーズ」の手法みたい…
それに心理描写も描かれるが、この場合は一人称と三人称では随分印象が異なってくる。
これまでリッチモンドの検屍局長だった立場から、フリーのコンサルタントとして活動を始めたスカーペッタだが、どこかしら生彩に欠けるような気がしたのは、少々ストーリー展開が間延びしているからなんだろうか。

黒蝿(上)/パトリシア・コーンウェル(講談社文庫)
[PR]
by lanova | 2006-03-28 22:10 | Book | Trackback | Comments(4)

Mar. 27

我が家が毎年タックス・リターンの申告を依頼している会計事務所は
ベトナム人の夫婦が経営するオフィスである。
いつもは奥さんのRosallieが私たちの担当だが、
今回は水害による損失控除があり、面倒な部分も多かったので、
ご主人のTomが申告書類を作成してくれた。
そのTomが話してくれたこと…
彼は北ベトナムの出身だそうだ。
南北ベトナムの戦争が激化する中、少年時代を北で過ごした。
当時、北に住む人たちは、政府により洗脳に近い統制を敷かれていた。
「北に住むあなたたちは幸せです。
茶碗1杯のご飯が食べられます。
南に住む人たちは、気の毒なことにほとんど食べるものがなく、
どんどん餓死していっています」
そう聞かされたそうだ。
それでも食べ盛りだったTomは毎日ひもじい思いをして過ごしていた。
あるとき、南ベトナムを訪れる機会があったTomは
しばらくショックから立ち直れなかった。
南は北とは比べ物にならないくらいに貧しいと聞いていた。
それなのに、みな好きなものを好きなだけ食べている。
電気が通っている。
家の中の天井には扇風機が回っている。
みな楽しそうに笑っている。
今まで自分たちが聞かされていた話は何だったんだろうか。
政府の話をそのまま信じていた自分たちは何だったんだろうか。
若き日のTomはそこで現実を知ることになった。
ある日突然、彼の父親が投獄される。
父親はベトナムの大学で教授をしていた。
そのとき、「民主主義」とは何かを講義していた。
そして大学の学生が警察当局に通報したことにより、
彼の父親は政治犯として投獄されることになった。
それから2年間、父親は獄中で暮らした。
その際に「私は反政府行動を起こしました」と証文を書けば、
釈放してやると言われたのだが、
父親は断じてその申し出には従わなかった。
むしろ「私は無実である」と毎日、毎日、2年間、書き続けてきたのであった。
そして1975年、北ベトナムの勝利によって父親は釈放される。
しかし、このままこの国で暮らしていたら未来はないと確信していた父親は
一家を引き連れて同年、アメリカに亡命したのである。
それから30年…
北はまったく変わらないとTomは言う。
ごく一部の政府関係者だけがどんどん裕福になっていき、
多くの国民は貧しいままで、今も政府の言葉をそのまま信じて生きている。
「あれから30年経っても何一つ変わっていないんですよ」
怒りをも含んだ彼の言葉に、頷くしかなかった。
亡命してから30年、一度も祖国の土を踏んでいないという。
彼はおそらくベトナム人としての誇りを持ち、
ベトナムという国を心底愛しているんだと思った。
でも、帰らない、帰れない…
もちろん、彼はアメリカの大学を卒業し、
いくつかの資格も取得し、立派に自分の会社を立ち上げているし、
成功者であることは間違いないだろう。
でも、彼のアイデンティティは間違いなくベトナム。
国を負われてアメリカに逃れたのではない。
国を捨ててアメリカで生き直したTomとその家族。
私は、日本人の私は、どうなんだろうか…
すっかり夕闇に包まれたカリフォルニアのフリーウェイを走りながら
考えた「国」のことだった。
[PR]
by lanova | 2006-03-27 21:45 | Logbook | Trackback | Comments(16)

Chinese Restaurant in San Gabriel

c0062603_14321028.jpg
c0062603_14323033.jpg
c0062603_14331036.jpg
c0062603_14332718.jpg


午後から夫とタックス・リターンの申告にいくことにした。
このタックス・リターンとは日本でいう確定申告のことである。
日本では自営業や農業従事者、給与以外の所得があった人のみと
申告する人は限られているが、
ここアメリカでは収入のある国民は全員、
個人で申告しなければならない。
といっても独身者は年収$7,950ドル以下、
夫婦で$15,900ドル以下なら申告をする義務はない。
しかし、ほとんどが税金を先に引かれているため、
所得が低いほど税金が戻ってくるので、
ほとんどの人がタックス・リターンの申告をしている。
毎年4月15日が申告の締め切りである。
例年ならもっと早く申告に行くのだが、
昨年1月の水害で災害控除の対象になるため、
その必要書類の準備で手間取ってしまった。
我が家は毎年、会計事務所にこの申告を依頼している。
今日もその会社に出かけたのだが、
その前にジムで一汗かいていたため腹ごしらえをすることにした。
今日は夫の中華料理を食べたいというリクエストで、
近所のSan Gabrielのチャイナタウンへ。
どこを見ても中国語の看板がずらりと立ち並んでいる。
ベトナムサンドイッチのレストランも捨てがたい魅力があったが、
今回はパスしてJi Rongというレストランへ入った。
お昼時はとうに過ぎていたため、閑散としていたが、
おかげでゆっくり静かに食事ができた。
混んでいるときのチャイニーズ・レストランの喧騒は
思わずたじろいでしまうほどだ。
夫はAssorted Seafood Soup(海鮮スープ)、
私はShrimp Fried Rice(海老チャーハン)を注文。
いやあ、これが実においしかった。
その上ボリュウムは日本の中華料理店の3倍はあるかと思うほど。
その上安い!
海鮮スープで$7.88、チャーハンが$4.88。
これは数人でシェアするようになっているんだろうとは思いながらも、
二人で何とかたいらげる。
いつもは「腹八分目までね」と夫に言っている私だが、
「う~ん今日は95%だ」と食べ終わって思わず言ってしまった。
さすがに夫もスープは全部食べ切れなかった。
きっと大人数で来るともっといろんな種類の中華料理を楽しめるだろう。
その後、会計事務所で無事にタックス・リターンの申請も終えた。
そこの社長から聞いた話に、考え込んでしまった。
ちょっと重い話である。
それはまた改めて…

"Money (That's What I Want)" The Beatles

[PR]
by lanova | 2006-03-25 22:23 | Trip | Trackback | Comments(28)

Mar. 23

今日は夫の誕生日。
私と2歳違いだが、私の誕生日が訪れる9月まではしばらく3歳違い。
今年は前から夫がほしがっていた厚手のスウェットパンツをプレゼント。
まだ時折冷え込む日があるので、もうしばらくは愛用してもらえそうだ。
ケーキはどうしようかなと思ったが、現在ダイエット中の夫ゆえ、
今年はあっさりパスすることにした。
それに夫の勤務はスイング・シフトといって、
午前4時半から午後3時までと、午後2時半から午前1時までの
2つのシフトに分けられていて、彼はナイトシフトに配属されている。
私の勤務が午前8時から午後3時半までなので、
平日は顔を合わせることができない。
一緒に暮らしていながら毎日の電話とメールで連絡を取り合うという
「すれ違い生活」なのだ。
だから今日の夫の誕生日を一緒に祝うことができないのは、ちょっと残念。
いずれにしてもめでたい日なので、日を改めておすし屋さんに行く予定。
さて、めでたいついでにもう一つ。
今日、仕事から帰ると教育委員会からの封書が届いていた。
先週木曜に受けた口答試験(面接)の結果だろうと思い、
荷物を置くのももどかしく、封を切る。
最初に飛び込んできた言葉がCongratulations!
やったあ!
合格通知だった。
本当に嬉しかった。
筆記と面接の合計点順にリストアップされ、私は6番目だということだ。
上位3人がまず勤務予定校の校長面接を受け、
それで決まれば残りは待機ということになる。
それでも来年3月20日まで、このリストは生きるという。
なので、他の学校図書館で空きがあれば、順次面接を受けることになる。
本当に嬉しくて、すぐに夫に電話で報告した。
彼の誕生日、ずっと私を見守ってくれていた夫にとって
ケーキよりも嬉しいプレゼントだったかもしれない。
[PR]
by lanova | 2006-03-23 21:44 | Logbook | Trackback | Comments(46)

Mar. 20

昨日3月19日は、息子と私が
アメリカを生活の場として第一歩を踏み出した日。
今から4年前、2002年のことだった。
今日からアメリカ生活5年目に入ったというわけである。
しかし、5年目ともなると、最初のように
「ちょうど1年前の今日だったね」などという感慨も薄れてきて、
おそらく夫も息子も気づかないままでいることだろう。
次第に日常生活は何の違和感もなく暮らせるようになったが、
やはり時々日本では何気なく手にしていたものや
口にしていたものが、懐かしくなったり恋しくなったりする。
そんな「懐かし・恋し」の一つがコーヒー牛乳である。
学生時代、銭湯の上がりがけに
瓶入りのコーヒー牛乳、もしくはフルーツ牛乳を
グヒグヒ飲むのが楽しみだった。
我が家の冷蔵庫にはいつもコーヒーー牛乳が入れてあった。
さすがに瓶入りではなく、パック入りではあったが。
ところがアメリカで暮らし始めて、このコーヒー牛乳には
お目にかかることがなかったのである。
いや、コーヒー牛乳なんて簡単に作れるんだから、
自分で作れば何の問題もないのだが、
やはり瓶入りのコーヒー牛乳がほしかった。
ところが、ちゃんとあった!
スターバックスの瓶入りフラッペチーノ。
味は4種類。
バニラ、キャラメル、モカ、コーヒー。
やはりコーヒー味が一番、日本のコーヒー牛乳に近い。
我が家ではCostcoで12本入りを$13.79でまとめ買いをし、
常に冷蔵庫に入れている。
そして瓶からグヒグヒを飲むたびに、懐かしい思いを味わっているのである。
c0062603_13545880.jpg

[PR]
by lanova | 2006-03-20 20:55 | Logbook | Trackback | Comments(44)

Mar. 17

カレンダー上では今日、日本時間では昨日になるが、
3月17日、孫娘のミュウの満1歳の誕生日。
息子一家が暮らす義理の娘の家では、
昔ながらの「初誕生」を祝ったとのこと。
ようやく一歩、二歩と歩き始めたミュウに一生餅を背負わせ、
彼女の前には筆、そろばん、ものさし、はさみなどをおいて、
最初にどれをつかむかで将来どんな仕事に就くかを占う。
私の初誕生でもこの儀式は行われ、
アルバムの1ページにはその様子が残されている。
さて、彼女は何に手を伸ばしたのだろうか。
一生餅を背負わせるのには、地域によってさまざまな言い伝えがあるようだ。
食べ物に一生困らないように背負わせるという話。
早くから歩くと大きくなってから親元を離れるので、
わざと思い餅を背負わせて転ばせるという話。
いずれにしても1年間無事に育ってきたことを祝い、
これからの成長を見守りたいという親の願いが込められている。
できることならすぐにでも飛んでいって一緒に初誕生を祝いたい。
片言の言葉も出てくるようになったという。
受話器を持ち、「もしもし」の真似事をし、
父親を「と~たん」と呼び始めた彼女のぷよぷよした肌に触れたのは、
9ヶ月も前のことだった。
次に会うとき、彼女は私を何と呼ぶのだろうか。
Happy happy birthday to my little princess!!
[PR]
by lanova | 2006-03-17 21:53 | Logbook | Trackback | Comments(24)

Mar. 16

ああ、驚いた!
私にしてみればUnbelievableなことだった。
今日は教育委員会の口答試験の日。
前回の轍を踏んで、今回は面接官の質問を日本語に訳さず、
英語のままで聞き、わからなければ何度でも聞き直そうと思っていた。
でも前回の面接官と同じだと、ちょっと嫌だなあという思いはあった。
面接室に入ると、面接官は前回とは違って、
とてもにこやかな若い二人の女性だった。
面接を始めるにあたって、いくつかの注意事項を聞かされた。
「おや、聞き取れるじゃない!」
何を言っているのか、わかるのである。
「これはいいぞ!」
途端にそれまでの緊張感がほぐれていった。
何度かwould you please speak slowly?とは言ったものの、
面接官もわかりやすく言い直してくれたりもした。
そのおかげもあり、すべての質問を聞き取ることができたのだ。
何とか全部の質問に答えることができて、
約20分間の面接は無事終了。
答えが全部合っているかどうかはわかない。
また、そのときの英語が正しい英語であったとは思えない。
しかし、面接室を出たときはホッとすると同時に、正直嬉しかった。
きっと1月からフルタイムで仕事をしていることが功を奏したのかもしれない。
何しろ英語しか通じない環境にいるし、
新しいプログラムを導入し、その担当を任せられたおかげで、
教師や生徒たちと話す機会がぐっと増えたこともある。
結局、自分から踏み出して行かない限り、
何も変わらないということを実感した。
相変わらずジャパングリッシュと
夫や息子にからかわれる私の英語ではあるが、
少しばかりの自信が持てた。
まさにUnbelievableな一日だった。
[PR]
by lanova | 2006-03-16 21:55 | Logbook | Trackback | Comments(24)

Mar. 13

この寒さは一体何なのだろう。
渡米して4年、今まで経験したことがないほどの寒さである。
最低気温が0℃近い。
ダウンタウンのホームレスも緊急避難を余儀なくされている。
なんと土曜日にはアラレまで降った。
その土曜日、シアトルのマキコさんたちがみえるということで、
急遽ヒーターを直してもらった。
ウチのアパートはガスヒーターがほぼ中央にあり、
リビングと2つのベッドルームはこのヒータをつければ充分に暖まる。
しかし、ここ数年、ヒーターのパイロットランプは着くものの、
サーモスタットが作動しないのか、点火しない状態だった。
それでもヒーターを入れるほどの寒さは訪れなかったので、
さほど心配することもなかったのである。
しかし、この寒さだ。
早速大家さんに話し、直してもらうことにした。
土曜の午後12時から4時までかかって、大家さんが悪戦苦闘した末、
どうにか直ったらしい。
本当は専門の業者を呼んで、直してもらえるとよいのだが、
経費節約を考えてのことか、よほどのことでない限り、
業者は呼ばないという徹底振り。
やはりそれがまずかったのである。
夜になってヒーターのスイッチを入れるものの、
直ったはずのヒーターはうんともすんとも言わない。
「まったくこれだから…」
仕方がないので、ダイニングルームにあるエアコンのヒータを入れ、
ファンを冬用スイッチにして、何とか暖をとった。
これだとリビングルームまでは何とか暖まるのだが、
ベッドルームまでは到底届かない。
冷え冷えとしたベッドに潜り込む辛さと言ったら…
湯たんぽかアンカでもあれば良かったのだが、
まさか南カリフォルニアで湯たんぽの心配をするとは思ってもいなかった。
[PR]
by lanova | 2006-03-13 19:41 | Logbook | Trackback | Comments(32)