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Jan. 20

3週間ぶりにコンピュータが戻ってきて、
「やれやれ一安心」と思ったのも束の間のことだった。
我が家に生還して1週間もしないうちに、再び起動不能の状態に陥ってしまったのだ。
どうやらこれはウィルスなどが原因ではなさそうだ。
もっと根本的な問題ではないかというので、
今回は夫の友人が経営しているコンピュータの会社に持っていくことにした。
さすがに原因解明には長い時間は要さず、
「ハードドライブが壊れている」ということだった。
前回、我が家のコンピュータをビルトインしてくれたGibbyのところで
入れ直してもらったハードドライブがどうも問題ありだったらしい。
いずれにしてもハードディスクを新しく買って、
もう一度入れ直さなければ二進も三進もいかないわけで、
またここでの出費は痛いが致し方ない。
というわけでいきなりエントリーがストップしたのはこういうわけだったのである。
しかし、まだコンピュータは戻ってきておらず、これは息子のからエントリー。
今週は日々の暮らしに大きな変化があった週。
これについては自前のコンピュータが戻ってきたら、改めてエントリーしよう。
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by lanova | 2006-01-20 19:40 | Logbook | Trackback | Comments(38)

博士の愛した数式

c0062603_13351995.jpg私の文章の師匠が、「読ませたい本がある」と日本から送ってくれたのがこの作品。
小川洋子は、1991年に出版された「完璧な病室」を読んで以来だ。
「完璧な病室」の内容はすっかり忘れてしまったが、不思議な世界を描く作家だなという印象を持ったことだけは、なぜかはっきりと覚えている。
そして今回の「博士の愛した数式」、やはり不思議な世界だ。
「もしかしたら現実にもあるかもしれない」という気にさせられ、と同時に「いやそんなことはありえない」と否定もしている。
「数字」をこよなく愛する博士と、家政婦協会から派遣された女性とその息子が日常の中で折りなす不思議な世界がここには描かれている。
博士は80分の記憶力しかないが、愛すべき数字に関しては永久の記憶力を持つ。
残念ながら数字を愛しいとも美しいとも思ったことはない。
基本的に「数学」は苦手分野の筆頭だった。
だが、しばしば数字はどんな言葉よりも雄弁だと感じる。
アルマナックなどの統計資料を眺めていると、そこからはさまざまなものが見えてくる。
経年変化の数字などは、時として歴史書並みにおもしろく、その数字の後ろに隠れているものを想像してみたりもする。
しかし、この作品に描かれているのは、数字をモチーフにしながらも数字の話ではなく、人と人との関わり方。
読み終えたときの「ふぅ~、ん~」という言葉にならない感想は、「完璧な病室」のときと同じだった。
この作品は映画化される(た)ようだ。
何だか映像になってしまうのは、もったいないなと思っているのは私だけだろうか…

博士の愛した数式/小川洋子(新潮社)
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by lanova | 2006-01-13 21:06 | Book | Trackback(1) | Comments(22)

Jan. 12

今さらクリスマスの話もなんだが、今まで当たり前のように思っていたことに、
「あれっ」と気づいたことがあったので、それだけは記しておくことにした。
アメリカに住み始めて、4度のクリスマスを過ごした。
日本の友人、知人からは「本場のクリスマスはどう?」と聞かれるたびに、
「こちらのクリスマスは日本のお正月みたいなものだから」とか、
「クリスマスプレゼントはさしずめお歳暮といったところかなあ」などと、
わかったようなことを言っていた。
でも、それって違うのかもしれない…と思ったのである。
一つには、クリスマスシーズンにたまたま通りかかった墓地の様子を見たときだった。
広大な墓地が非常に賑々しいのである。
家庭で飾られるものよりは小さいが、
あちことにオーナメントをつけたクリスマスツリーが飾られ、
中にはクリスマスライツも点灯しているものがあった。
そして各墓石の周りは、ポインセチアやシクラメンで飾られたり、
キャンディケインのステッキがぐるりと囲んでいたり、
墓地全体がクリスマスの飾り付けをしたミニチュアの町のようであった。
そのときにはたと気がついた。
これはまさしく日本のお盆と同じではないか。
お盆のときには仏間にお盆の飾り付けをし、
お墓に盆花を供え、毎晩灯篭に火をともす。
お盆の場合は先祖の霊を供養し、
クリスマスにはキリストの生誕を祝うという違いはあるが、
基本的には宗教儀礼そのものなのである。
これはキリスト教と仏教徒の死生観の違いなのだろう。
そしてもう一つ。
クリスマス時期になるとさまざまなキャンドルスタンドが店頭に並び、
家の中でもあちらこちらにキャンドルの火がともされる。
キャンドルに関しては、クリスマスだけでなく日常的に火をともす家庭も多い。
夫にキャンドルに火をともす理由を訊ねてみた。
「キャンドルの火は神に通じる、生命のともし火を絶やさないという意味で、
日本の線香の意味合いにも似たところがあるんだ」という返事が返ってきた。
当たり前のことなんだろうけど、そのとき「なるほど」と随分納得したものだ。
日本ではクリスマスはイベントとしての捉え方がほとんどだが、
ここではやはり一年のうちで最も大きな宗教儀礼なのである。
しかし、こちらでも次第にイベント色が強くなってきていることは否めない。
「みんなクリスマス・スピリットを忘れ始めている」
折りしも夫がボソッと言った言葉がとても印象的だった。
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by lanova | 2006-01-12 21:10 | Logbook | Trackback | Comments(24)

Jan. 11

息子から私たち夫婦へのクリスマスプレゼントはDVDプレーヤーだった。
これまではコンピュータでDVDは観ていたが、
そうするとDVDを見ている間はコンピュータが使えない状態になるし、
DVD-ROMの調子も悪かったので、しばらくDVDは見ることができないでいた。
それを知っていた息子からの実に嬉しいクリスマスギフトだったのである。
そしてコンピュータ不在の間、何本かのDVDを観た。
そのうちの1本がジーン・ハックマン主演の1988年制作の映画、
Mississippi Burning(ミシシッピ・バーニング)。
いずれミシシッピの住人になるわけで、これは以前から観たいと思っていた映画だった。
勤務先の図書館にこのDVDが入り、これ幸いと冬休み中に借り出してきた。
Civil War(南北戦争)のしこりが今も燻り続けているといわれるアメリカ南部。
その南部にあるミシシッピの小さな町で、
1964年に起こった人種差別事件の実話を元にした問題提起の作品である。
KKK(クー・クラックス・クラン)、白人至上主義の集団が
想像を絶するような人種差別を行っていたことは、報道もされているし、
さまざまな書物も出されていて良く知られているが、
それがこうして画像になると、その酷さに愕然としてしまう。
中でもKKKのメンバーの一人である政治家が
「民主主義はアングロサクソン人のためだけにある」と集会で豪語し、
集会に参加している多くの人がそれに大きく賛同しているシーンでは言葉を失った。
アフリカン・アメリカンもマイノリティである。
そして日本人を含むアジア人もマイノリティである。
確かにアングロ・サクソン人はマジョリティかもしれない。
それでも彼らも元はヨーロッパからの移民なのだ。
そういう意味では生粋のアメリカ人はネイティブ・インディアンのみなのだ。
植民地時代にアフリカから奴隷として連れて来られたアフリカンを祖先に持つ
アフリカン・アメリカン。
もし、当時アジア人がその立場だったら、同じような境遇になっていただろうか…
おそらくそうだろう。
現在、KKKは存在しているものの、当時のような活動はしていないという。
確かに表立った活動は耳にしない。
けれど有色人種に対する差別の意識はまだ生き残っているのでないだろうか。
ここLAは移民のとても多い地域で、
アングロ・サクソンよりもそれ以外のマイノリティの合計が上回っているため、
むしろマイノリティ同士での抗争の方が目立っている。
しかし、田舎に行けば行くほど、「こちら」と「あちら」の意識は強い。
ミシシッピの住人になるということは、そういう地盤であるということを肝に銘じておこう。
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by lanova | 2006-01-11 23:59 | Logbook | Trackback | Comments(22)

サザンクロス

c0062603_13594047.jpgコンピュータ不在だった年末年始、それまでコンピュータに向かってキーボードを叩いていた時間がどこに移行されたかといえば、やはり本だった。
書く(打つ)ことから読むことに変わったわけで、基本的にはやはり「文字」の時間だった。
まず手に取ったのが、一度読み出したら止まらなくなるパトリシア・コーンウェルの警察シリーズ第2弾「サザンクロス」。
検屍官シリーズは、かなりシリアスなタッチだが、この警察シリーズは少々コメディタッチもうかがえ、気分転換に読むには向いている。
人気テレビドラマ「24」のようにいくつかの場面が同時に進行するため、つい先を読み進めたくなる。
なかなか味な書き方である。
今回も多少ドタバタ劇的なところもあり、まあ現実ではありえないだろうなというような偶然が幾重にも重なってドラマを面白く仕上げている。
シリアスな心理描写の多い検屍官シリーズの合間に、息抜きに読むには最適な作品。
この「サザンクロス」は南十字星のことではなく、南北戦争時代の南部の旗のことをいう。
いずれ南部の住人になるわけで、南部人気質を垣間見ることもできた1冊だった。
パトリシア・コーンウェルの作品どれもがベストセラーになるほどの人気だが、なぜか勤務先の高校図書館には1冊も置いてない。
クーンツはほとんどそろっているのだが…
ここのところその理由を知りたいと思い始めている。

サザンクロス/パトリシア・コーンウェル(講談社文庫)
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by lanova | 2006-01-10 21:00 | Book | Trackback | Comments(20)

Jan. 9

最近動きがスローだし、CD-ROMは調子悪いし、
ちょうど新規購入して2年経ったことだし、
この際、人間ドッグならぬコンピュータドッグで健康診断をしようと思った。
早ければ1日、少なくとも2,3日で帰宅するだろうし、
クリスマス、新年には間に合うだろう。
そう思ってコンピュータをビルトインしてくれたGibbyに預けたのが
12月17日のことだった。
ところが…それが甘かった!
預けて2,3日目に「こりゃあかなり重症だよ」という連絡をGibbyから受ける。
おびただしい数のウィルスに侵されているという。
ウイルスを駆除して、新しくCD-ROMも購入し、
まったく使い物にならなかったウィルス対策のソフト「N」をアンインストールし、
新たにウィルス対策のソフトを3種類入れてもらい、
「多分これで大丈夫」ということでコンピュータを引き取りに行ったのが、
12月26日のことだった。
その日、早速起動させてみたものの、
数時間後には音もなくスーッと画面が消えてしまった。
2日後、再度緊急入院した我が家のコンピュータ。
結局ウィルスはハードドライブまでをも侵していたのだ。
ハードドライブも新しく入れ替え、ソフトもすべてインストールし直して、
今度こそ大丈夫と、晴れて退院したのが一昨日、7日のことだった。
ところが今度は日本語設定のためのファイルが見つからない。
何てこった!
幸い、隣のEnriqueが再インストール用のCDを持っていたため、
それを借りてファイルをコピーし、やっと通常通りの働きを開始した。
3週間以上、コンピュータのない生活を強いられた。
最初の1週間は何やら落ち着かない毎日だったが、
2週間目ころからは、ないならないなりの過ごし方ができるもので、
日ごろは手抜きの家事もせっせとこなし、ほぼ1日に1冊のペースで本も読み、
12月に作っていたTo Do Listもさくさくつぶしていくことができた。
ところがこうしてコンピュータが戻ってくると、あっという間に画面に向き合う時間が激増。
それだけ生活の一部になってしまったということだろう。
それにしてもすっかり信用していたウィルス対策ソフトの「N」にはすっかり裏切られた。
夫は「クレームレターを送るぞ!」と息巻いている。
ちなみにお勧めソフトはAVGとAd-Aware、そしてSpybot。
どれもフリーソフトでダウンロードできる。
いやあ、インフルエンザには細心の注意を払ってきたが、
思わぬところで強力なウィルスに侵されてしまった我が家の年末年始であった。
クリスマスも新年も挨拶の時期を逃してしまったが、遅ればせながら…
Happy New Year!!
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by lanova | 2006-01-09 21:03 | Logbook | Trackback | Comments(38)