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睡蓮の午後/辻邦夫

c0062603_8481257.jpgこの読後感、どこかで味わったことがあるなあと、12編の短編を読み終えるたびに感じていた。
なかなか思いつかなかったのもそのはずで、活字ではなく映像の分野であるタモリの「世にも奇妙な物語」を見終えたときの感じに似ているのだった。
「世にも…」は、テレビドラマ用に書き下ろされたものだろうし、この辻邦夫の短編集はそれとはまったく意図の異なるものである。
この12編は、トーマス・マンやジャン・コクトー、モーパッサンなど世界各国の作家の作品が、辻邦夫の手によってまったく別の作品に作り上げられるという模作(パロディ)である。
もちろんオリジナル作品を知っているにこしたことはないのだろうが、仮に読んだことがなかったとしても、このパロディだけで十分に楽しめる。
「どんな結末が待っているのだろうか」と読み進め、最後のオチを読んだときに「ああっ」と思ってしまう。
「そういうことかあ…」という読後感が、「世にも奇妙な物語」を見終えたときの感覚に近しいのである。
この作品集のあとがきに辻邦夫は自らこう記している。

『…小説を現実界の事実認識や因果律から切りはなし、自在な想像的現実の表現にしたいという意図から生まれています。小説は長い幻想小説の流れを持ちますけれど、十九世紀以来、あまりにも現実の重みに歪められすぎました。書くほうも、読むほうも、小説を<現実の報告>と感じるのが前提にまでなってしまいました。たしかにそれは人間的真実の厳しい内在律を描くことを可能にしました。しかし人間的真実の領域は事実的現実を超えたはるかに広い可能性を含みます。
だからといって、恣意的な幻想のなかでただ酔うだけでは、厳しい内在的な現実を透視することはできません。幻想的な作品が二重に困難なのはそのためです。
私が文章という形式を<水面>のように光らせようと考えたのも、小説を、現実の重みから解放し、自由は想像力に従わせたいと思ったからでした。小説はそのほうがはるかに面白くなりうるからです。
…』


各作品の初出は「海燕」であり、1984年1月号から90年に1月号までに掲載されたもので、おそらく「世にも…」が放映されるよりもかなり前のことになるのではないだろうか。

睡蓮の午後/辻邦夫(福武書店)
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Commented by susie at 2007-08-28 19:14 x
辻邦夫のあとがきの文はさすがですね。「人間的真実の領域は事実的現実を超えたはるかに広い可能性を含みます」なんて、言われてみて、なるほど・・・・・・と気づかされます。
Commented by neko_pen at 2007-08-28 22:36
浅田次郎の作品や、重松清の「流星ワゴン」なども、似たような読後感を
持ちました。現実にはないと思うけれど、読んだ後には誰もが体験しそうな
身近な感じを受けて。

「睡蓮の午後」は、もっと前の作品のようですから、今よりもう少し
人々が純粋に、受け入れたのではないかと思います。
小説だからこそ「幻想」の中に入っていける面白みもあっていいのだと感じます。
Commented by ヒゲおやじ at 2007-08-29 03:56 x
多分、現実に起こっていることで、まだまだ当事者及び関係者以外、殆どの人が知らない事実というものが、世の中の大半で有ると思う。これだけの情報化社会になたからこその、事件性の選別や報道に関する利害関係が複雑に絡み合って、公開される内容は制限を受けているだろう。
小説の持つ面白さが昔よりも色あせて感じるのは、選別されてはいるものの、やはり衝撃的な事実と現実が人間性を疑わせる程に、我々の日常に存在しているという真実なのかも知れない。
意外性というだけでは、麻痺してきた神経に面白さを感じさせづらくなってきているのだろうか。最近その手のものに縁遠くなっている気がします。
Commented by lanova at 2007-09-04 06:14
★susieさん_昔から辻邦夫は大好きで、『回廊にて』ですっかりファンになりました。高校生の頃でしたが、その頃はフランス文学にどっぷりはまっていたこともあって、内容もよくわからないのに、その雰囲気に憧れていたものです。
Commented by lanova at 2007-09-04 06:14
★nekoさん_『流星ワゴン』は、ファンタジーとは呼びたくないほど、人間的真実の重みを感じさせられました。きっと多かれ少なかれ、だれもが心の底に抱えていることなんでしょうね。
日本を離れてから、新作というのにはほとんど触れていません。情報も薄いということもあるのでしょうけど、この際スタンダードな名作を読みふけるのもいいかなと思ったりしています。
Commented by lanova at 2007-09-04 06:14
★ヒゲおやじさん_「事実は小説よりも奇なり」という言葉があるように、毎日毎日、様々な出来事が起こって、まさにそれは小説を読むよりもより刺激的で、なおかつ安易に手に入るエンターテイメントなのかもしれません。でも、そこには表面的なことしか情報としては表出されておらず、その断片をあれこれ弄繰り回しているに過ぎないのではないかと思ったりもします。たとえばワイドショーなどその最たるものだと…ここに来て、活字に触れる時間が多くなったのは、ありがたいことだったなと思っています。
by lanova | 2007-08-27 19:00 | Book | Trackback | Comments(6)