Casa de NOVA in Minnesota

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A peaceful sanctuary

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実家の墓がある寺は、「寺町」にある。
松江は城下町として、今も古い町並みをところどころに残してはいるが、多くは都市開発によってその姿をとどめているところは少なくなっている。
それでも昔からの町名は、今も残っているところが多く、この寺町もその一つだ。
その名の通り、いくつもの寺が並び、その中の一寺院に実家の墓がある。
9月に再びミネアポリスに戻る前に墓参りに出かけた。
昨年、帰国した際には墓参りをしなかったことも、気になっていた。
仏教徒ではないのに、やはりどこかに信心する気持ちがあるのだろうか。

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ここは曹洞宗の寺院で、子供の頃には祖母に連れられよく墓参りに来た。
本堂には位牌堂があり、普段は墓参りだけだが、彼岸や盆にはこの位牌堂にも参った。
そのたびに祖母に連れられて上がる本堂は、何か特別な場所で、子供心にも静粛にしていなければいけないような気になったものだ。

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本堂の大壁には両側に仏画があり、何と言ってもこれが怖かった。
それでも怖いもの見たさにこの絵を見ていると、このどこか知らない不思議な場所へ連れて行かれるような気がしたものだ。
ところが大人になってから見ると、なぜか心が落ち着く。
本堂に上がってこの絵を見るのは悪くないと思うようになって来た。
ある日、キリスト教のある宗派の男性が二人、布教にやってきたことがある。
そのとき、忙しかったこともあり、不遜にも「ごめんなさいね、私仏教徒だから…」と断った際に、「あ、それならいいですよ。でも、ちょっと聞いていいですか?仏教って宗教ですか、それとも哲学ですか?」と逆に質問された。
う~ん、その場では「宗教よ!」と答えたものの、こうして仏画を見ていると、そう言い切っていいものかどうかちょっと揺らいでくる。

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この寺の墓地には無縁仏や地蔵も並んでいる。
お参りに来た人たちが頭や顔をなぜるのだろう。
凹凸がとれてのっぺりとした仏の像は、子供の頃には恐ろしかったのに、今では慈しみの思いが沸いてくる。
それほど年を取ったということなのだろう。

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何年も無沙汰をしている間に、実家の墓の回りは様相を変えていた。
以前は多くの墓がひしめいていたのに、いくつかの墓がなくなり、残っている墓も長い間手がかけられていないのか、朽ちているものも少なくなかった。
墓に眠る祖先に無沙汰を詫びる。

c0062603_1324575.jpg墓の後ろには大きなへちまが実を結んでいた。
子供の頃から、夏に墓参りをするとこのへちまを目にした。
あれから半世紀経った今も、こうして実をつけていることに驚きとともに、感動すら覚えた。
私も実家を離れ、弟も東京に居を構える今、年老いた両親が墓の永代供養を考えていることを知り、墓守すらできないわが身が情けなく思えた夏の終わりの日…

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Commented by カマツカ at 2011-12-06 16:36 x
 しばらく更新がなかったので、どうされたのかなと思っていました。お元気ならよかった。
故郷のある人は羨ましい。私など、7歳から26歳まで相模原に住みましたが、故郷とは言えません。両親とも他県出身で、たまたまそこに住んだだけなので、血縁のある人はゼロ、その土地の文化とも関係なかったなと思います。
 故郷には墓は必須でしょうね。その意味では、親の遺骨をこの家の敷地内に散骨し、私の骨についてもそうしてもらうつもりの、ここ熊野が私の故郷かもしれません。

 「なんびとの故郷も奪ってはならない」と言って、反原発に主張を変えた、保守の論客もいますが、故郷を失った福島の人が山ほどいるというのに、原発再稼動や、輸出する動きには絶望します。唯一原発のある県庁所在地松江で、私のところも、20キロ圏に入ります。
今ネットのニュースで、粉ミルクからセシウムと出ていました。いくら隠蔽しても次々と綻びが・・・・・。
Commented by まこと at 2011-12-06 16:59 x
帰省してたのですね。慌ただしかった様なので、今回も会えなくて残念です。今年は奥さんの祖母が亡くなり、なんだか他人事ではない思いです。ふと思い立って出雲の神社やお寺を回って朱印なんかを頂いて歩いています。本当は神社はまだ早いのかもしれないけど。訪れると本当に心が洗われる気がするんですよね。
Commented by lanova at 2011-12-07 00:55
★カマカツさん_ご無沙汰していてごめんなさい。このときの帰国は本当に急だったのと、忙しかったこともあり、松江では誰にも連絡せず、またほとんどだれにも会わないで過ごしました。私も日本を離れてから「故郷」の意味を知ったように思います。これからこの先、このアメリカでずっと暮らし続けてもここは決して故郷にはなりませんから…
粉ミルクの件、私もネットニュースで見ました。まだ行方不明の人が大勢いる中で、いつの間にか日常生活に戻っていく日本、でもその渦中の人にとっては日常はかつての日常ではないですよね。たとえ同じ故郷であっても、一人一人の故郷、歴史は決して同一ではないと思います。
Commented by lanova at 2011-12-07 00:57
★まこっちゃん_はい、今回はまったくバケーションの意味合いがなかったので、連絡もしないでごめんなさいね。若いときは神社やお寺ってほとんど意識の中になかったんだけど、やはり根っこの部分で「信心」があるのかなと…お寺の境内に入るとホッとします。日本人なんだな、やっぱ…
by lanova | 2011-12-05 23:06 | Trip | Trackback | Comments(4)